…漆 いろいろ…


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「さいで」

・津軽塗の仕事をしていたとき、よく解らない言葉が、乱れ飛んでいました。
その一番最初が、”さいで”です。「工藤くん、そこの”さいでこ”とって」と、勝三さんが、言いました。”さいで?”
 ”さいで”って何だ。もたもたしていると、「”さいで”も解らないのが。」自分で席を立ち、タオルを持って行きました。”さいで”は、専門用語?ひょっとして、津軽弁?津軽弁にしては、聞いたことがないし、きっと、専門用語だと判断しました。  それから数年経ち、NHK第二放送で、「枕草子」の放送をしていました。何の気なしに聞いていると、聞き覚えのある”さいで”という言葉が、聞こえてきました。もうびっくりです。つまり、古語だったんです。津軽弁には、古語も多いという話は、聞いていましたが、ここで解るとは、驚きでした。それも今は、日常使われることがない津軽弁なのです。
意外と、漆の仕事言葉の中には、そんな言葉が、まだあるかも知れません。ちなみに「枕草子 二十八」に出てきます。


(マギリ)

・今の話で、思いつきました。  数年前、望月さんに”さいで”の話をしていたとき、試験場時代に、小刀を何で”マギリ”って言うのかなかなか解らなかったそうです。「ああ、それはアイヌ語。」と私が、言うと「ええ、そうなの?」
 小学校に入る前、小樽にいたんです。その時どこかへ、旅行したんです。アイヌの人達が、歌を歌ったり、踊ったりしていたんです。アイヌの男の人が、腰に小さい刀をさしていたんです。私が「刀だ。」というと「マギリ、マギリだ。」といわれ”マギリ”という言葉は、頭から離れたことが、一度もなかったのです。子供の時弘前も小刀は、やはり”マギリ”でした。


(隠れ唐草) 

・三十年近く前、結婚してまもなくの頃、金木(太宰治の生誕地)で大きく”曲げ物”の仕事をしていた人がおりました。ウレタンの仕上げで、その頃としては、デザイン的にも、仕上がりもきれいでした。見学に行きたいなと思っていたとき、妻の友人に、金木高校の教師をしている人がおり、よく知っているから見学に来ればいいと言ってくれました。その言葉に甘え、出かけていきました。工場を見学し、お話を伺い、お昼が近かったので帰ることにしました。
お昼を太宰の生家である”斜陽館”へ予約を入れておいてくれていました。お昼の準備をしている間に、中を見学すればいいと言われ、ぶらぶらと入っていきました。すると縁側と座敷の間の障子が、目に付きました。それも障子の桟が。漆塗りなのです。それも、模様が入っています。「これ貰い!」思わずいってしまいました。  それから、二十年近く経ち、最初の展示会の時、お椀を同じような仕事で仕上げました。はじめは、文様が、見えないけど五,六年使うと唐草模様が、出てくるはずです。と言う話をしましたら一人のお客様が、「隠れ唐草だね。」と名前を付けてくれました。十年近くたったお椀が、修理にきたとき”唐草”の文様がでていました。城倉さんが、「焦っては、いけない。」と言ったのは、こういう事なのかもかも知れないと思いました。


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(地産地消?使)

・弘前のぬりものは、地元の人が、半分近く買ってくれます。自分が使うのは勿論、プレゼントにも利用されています。自分が、使っていいものを人に勧める、かなり、理想的なことだと思います。その広がりが、大きくなれば、全国的に認知される仕事になると思うのですが、なかなかそうは、なりません。
 一般的に漆のモノは、扱いにくいとか手入れが、大変だとか言うことが先行して、敬遠されることが多いように思います。弘前の家庭で、津軽塗が一つもないと言うところは、まず無いでしょう。子供の時から、ぬりものを使っているから、自然に生活に入っているのだと思います。慣れの問題なんです。使い慣れているかどうかと言うことなのです。二代三代前から受け継がれたモノを、親から大事にしなさいと言われれば、大事に扱うのが、あたりまえになるのです。
 城倉さんが、「消費する人ためでなく、使い手のためにつくりなさい。」と言っていたことが何となく解るようになりました。
 弘前のぬりものは、”地産地使”ということでしょうか?


(漆の艶)

・弘前のぬりものは、一般に研ぎ出し変わり塗と言われております。砥石や炭で研ぎ、艶をつける(呂色仕上げ)のです。艶が仕上がると、上塗り(花塗)して製品になります。
 この艶のことでは、いろいろなエピソードが、あります。 一つだけ、なるほどと思ったお話をします。勝三さんに、「理想的な艶は、どんな艶ですか?」と質問したことがあります。しばらく考えて、「とろりとして、見ていると眠くなるようなやつだ。」と言いました。何となく解るようで解らない答えでした。
 仕事の数をこなしていくうちに、何となく解ってきました。本当にそんな風に、仕上がることがあるのです。それが、ちょうどいい塩梅なんですね。長く仕事していると、”言葉が、仕事を教えてくれると言うこともある”と言うことが解ってくるようになりました。


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(緑と青)

・グリーンの色で仕上げたぬりものを、弘前では、”青上げ”と呼びます。
津軽塗を始めたころは、その言い方になじめなく「緑だろう!」といつも思っていました。一年二年と仕事を、続けていくうちに、少しずつ解ってきたのです。もともと日本語には、”緑”という色は無かったのでした。”草色”とか”萌葱色”とか、もっと細かい分類で、いろいろな表現をしていたみたいなのです。そういう色の総称を”青”と呼んでいたみたいなのです。
 ちょうど信号の”青”が何で青というのか、あれは”緑”だ、などという人が、良くいますよね。私も展示会で会ったことがあります。何の気なしに、”青上げ”と言いましたら、「それは、緑でしょう!」と言われたことがあります。「信号の色も”青”じゃなく、”緑”でしょう。信号のところにっているのは、”緑”のおばさんでしょう。」と言われてしまいました。「そうですね。」と言ってしまいました。何か言い負かされたような感じでした。
 後でふと思ったのですけど、「”あお”じそを、”みどり”じそとは言わないよね。」


(尺貫法とバイリンガル )

・津軽塗の仕事していた時、重さ、長さの単位は、尺貫法でした。尺貫法ですよ。まるでついて行けませんでした。秤が、貫、匁の秤、もの差しが、鯨尺、パニック状態になりました。見たことは、あるけど使ったことなどありませんでした。そこで、メートル法に計算し直し、一貫は、3.75K、1Mは、三尺三寸といちいち計算して、仕事をしていました。四〜五年経ち、秤が壊れてしまいました。そして、買いに行ったら、ある秤全部が、Kgの秤になっていました。その秤を買ってきて、計ってみると何か具合が良くないのです。  その頃にるなると、計算も暗算でし、尺貫法になじんでいたのでした。尺貫法からメートル法の計算は、スムーズにいくのですが、メートル法から尺貫法への計算が、上手くいかないのです。
 それも一月ぐらいで、どうにかなりました。今では、どちらも平気で使っています。これって、尺貫法とメートル法のバイリンガルでは?


(いさぎよくない。)

・良く友だちに言われることなのですけど、ぬりものは、落としてもガラスや焼き物のようにいさぎよく割れないと。修理して又使う、なんかいさぎよくないと。実際、落として修理に来るモノは、多いのですが、そのいさぎよくないところもぬりもののいいところだと、私は思っています。
 ある時、展示会で、箸を買ってくれたお客様から電話があり「箸を落としたら折れたんですけど。」と言うことでした。「落とせば、折れることもありますよ。」と私。「折れるとは、思っていなかったので。」とお客さん。ちょっと間があり、「修理しくれますか?」「箸は、修理できません。折れた箸は…」「それじゃ 交換して下さい。」「ええ…!」頭が痛くなってきたので、「解りました。」と電話を切りました。
 いさぎよく壊れてくれたのに、許してくれない!!


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(息ができない。)

・仕事をしているときは、ほとんどラジオをつけています。聞くともなしに聞けて、勉強になることも多いです。NHK・FMのクラシック番組を、聞いていて酷いことになったことがあります。
 ちょうど大好きな下地の仕事をしていたときです。バッハの「平均律」が流れてきたのです。耳を傾けながら、仕事をしていると、なにか、下地が上手く付かないのです。そのうちだんだん息が、苦しくなるのです。なんだ、これは!と思い仕事の手を休めると、急に深呼吸を自然としていたのです。”ホッ”として、今のはなんだと思いました。
 「平均律」は、まだ流れています。ともかく最後まで聞いて、リヒテルが弾いていたと言うことを確認して、スイッチを切りました。
 何で今みたいなことになったんだろうと、ちょっと考えてみました。下地をしている時は、ノーブレスで下地をつけているのです。そこにブレスのない「平均律」を聞いたものだから、一分近くも息を止めていたにです、無意識に。
 教訓です。仕事の時は、「平均律」を聞かない。


(新しい技法?)

・勝三さんが、パニックになったことがあります。
できた製品の中に、少し不具合がでたとき、修理をすることがあります。その時もそんな仕事をしていたそうです。その時私は、家で仕事をしていたので、実際にはいなかったのですが、後で、本人から聞いた話です。
 茶筒の口が、合っていなかったので、合わせるために少し研いでみたそうです。そうしたら、何か変な感じがしたので、”マギリ”で突っついたら、下からガムテープが出てきたそうです。”なんだこれ?”もう少し、突っついてみたら、さあ大変。漆の仕事の行程に、布張りというのが、あるのですが、それをガムテープでやっていたそうなのです。「なんだ、これは!」と言うことになり、つくった人を呼んで、どういう事か聞いたそうです。そうしたら「新しい技法。」と言ったとか?そして、工賃は、返すといって帰っていったそうです。勝三さん曰く「信用の問題。信用が台無しだ。」
 ちなみにガムテープは、布製でした。


  (出すぎた杭 )

・弘前での最初の展示会と二回目の展示会には、良く業界の人も見に来てくれました。声をかけてくれる人もいて、ああ見てくれているんだと思いました。それからは四,五人ぐらいでしょうか、いつも来てくれるのは。そんなわけで、業界のことは全くと言っていいほど解りません。  望月さんと話をしていたとき、”津軽の足引っ張り”の話になったことがありました。”そんなことは、なっかた”と話すと、「それじゃ、出すぎた杭だ。」と言いました。「どういう事?」というと「出る杭は、打たれる。出ない杭は、腐る。出すぎた杭は、打たれない。」と言いました。それってあるかも知れないと思いましたが、ちょっと違う気もしました。
 それで「出すぎた杭は、無視される。」というと笑わらわれてしました。


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