…さいでの話…

お椀

三十年近く前、赤地友哉さんが自分の修業時代のことを何かに書いていました。そこに「さいでん」という言葉がありました。それは弘前で言っている「さいで」と同じものでした。つまり研ぎ仕事をするときの泥を拭き取る布きれのことです。
江戸時代から昭和三十年代までは、東京が漆の仕事の中心地みたいところで、日本中から修行に人が集まっていたみたいです。だからいろいろな産地の言葉や、道具、仕事の手順みたいなものが蓄積していったのだと思います。今はその面影がほとんどありませんが、どんな仕事でもできるような環境が東京にはあったみたいなのです。

 

 下地の漆の量が多くはいった場合、弘前では「辛い」といい東京では「しぶい」と言ってたみたいです。少ないのは「甘い」と弘前でも、東京でも言っていました。こんな具合に産地での違いや共通している言葉もあると思います。漆の仕事の修行と言うことが、今ではほとんどすることができない状態になってしまったようなので、こんな言葉なんかも忘れ去られてしまうのでしょうか?