…すべらない箸の話…

すべらない箸

どうせモノづくりをするのなら自分で使いたいモノをつくるのが一番いいのではないでしょうか?
1970年だと思いますが、「銀花」という雑誌が創刊になりました。その雑誌の二号か三号の記事で、イカの刺身をつかめる塗り箸というので輪島の石目塗の箸が載っていました。これならそばでもラーメンでもすべることなく食べることができるのではないかと頭の隅の入れておきました。その時は、まだ漆の仕事をしたいという気持ちもまだはっきりしていなかったときでした。

 

それから一年ぐらいして漆の仕事を始めたのですが、初めのうちは何が何だか解らない状態が半年ほど続きました。昼は、弁当を持って行っていたので弁当の箸をつくることにしました。すり漆の箸と木地呂塗の箸を仕上げてつっかていましたが、これはどちらもすぐ先が駄目になってしまいました。 その上すべるのです。それで石目塗の箸のことを思い出して、乾漆粉を作って石目塗の箸をつくってみました。これは大変手間と作業時間のかかる仕事でした。特に研ぎは大清水砥で研いでみたのですが、なかなか研げるものではありませんでした。仕上げもわるかったせいか口当たりがざらざらして、すべらないのはいいのですが使い勝手が悪いモノでした。

その時、津軽塗に紋紗塗という技法があることを思いだしてこれで仕上げてみればどうだろうと思いました。 ところがその紋紗塗という仕事をその時は、ほとんどだれもしていませんでした。ただ、籾殻で炭をつくり、それを蒔いて仕上げるということは知っていましたが実際に仕事をしている人はいなかったと思います。それで自分が炭をつくり、自分なりに仕事をしてみました。これは、石目塗より効率が良くその上ザラザラ感が柔らかいのです。これはひょっとしたら使いものになるかも知れないと思いました。それから少しずつつくるようになりました。これはあくまで自分が使いたいために作り始めたのでした。

自分で使ってみて使い勝手があるなーと思っていましたが 、まわりの評判はあんまりかんばしいものではありませんでした。 「漆なのに艶がない。見た目が地味だ。」「ザラザラしているから、食べかすが残り不潔だ。」 「数づくりができない。」と言うのが主な意見でした。それでも販売するために作っているのではないので、 知りあいとか家族のために少しずつ作り続けていました。

それでもめげずに作り続けていますと、何となく使う人が増えていくものなのです。今では、この箸以外は使いたくないという人までいますから不思議な気持ちになります。やはり自分で使ってみて納得ができるモノは、そんなに間違っていないようにも思います。